第5章 池田屋
夜の京は、虫の声と遠くの犬の吠え声だけが響く、不気味な静けさに包まれていた。
提灯の明かりが揺れ、石畳に長い影を落とす。
霧島は永倉や沖田と並んで歩いていた。鎖帷子の下で鼓動がやけに大きく響き、歩を進めるたびに刀の鞘が軽く腰を打つ。
(これから血が流れる――)
その事実を胸の奥で確かめると、背中を冷たい汗が伝った。
しかし、怖気よりも刀を握る手に力がこもる。
先頭を行く近藤局長が振り返った。
「油断するなよ。相手は十や二十じゃきかんぞ」
「あぁ、分かってるよ。近藤さん」
永倉が低く答える。
沖田はふっと笑みを浮かべた。
「こんな夜に外を出歩くなんて、みんな物好きだねぇ」
軽口めいているが、そこには薄い高揚が混じっていた。
霧島はその横顔を見て言い知れぬ圧を感じる。
この人は戦いを恐れていない、むしろ楽しんでいるのか――。
そう思えた。
四条大橋を渡ると、川面に提灯の明かりが揺れた。
湿った夜気が肌にまとわりつき、遠くで三味線の音がかすかに聞こえる。だがそれがかえって今夜の異様さを際立たせる。
「池田屋はすぐそこだ」
近藤の声に、霧島の心臓がひときわ強く跳ねた。
隊士たちは足音をそろえ、闇に紛れるように進む。
永倉が霧島の肩を軽く叩いた。
「緊張してるか?」
霧島は一瞬迷ったが、正直に頷いた。
「はい。でも、それ以上に……刀を抜きたくてたまらない」
永倉はにやりと笑う。
「いい目をしてる。今夜は腕の見せどころだ」
やがて、提灯の光が差し込む一角に出た。池田屋の瓦屋根が見える。
近藤が立ち止まり、全員に視線を配る。
「ここから先は一気に行くぞ。覚悟はいいな」
「応!」
隊士たちの声が夜気を震わせた。
霧島は刀の柄に手をかけ、深く息を吸う。
京の夜気はひどく冷たいのに、体の奥だけが灼けるように熱い。
(副長、隊長、俺はやります――)
近藤が先頭に立ち、静かに歩を進める。霧島も続いた。