第5章 池田屋
霧島はごくりと喉を鳴らした。
(自分に意見を求められるとは……しかし、ここで迷えば足手まといになる)
「副長、お言葉ですが霧島は状況を理解しておりません。その質問は…」
「……池田屋かと」
斎藤の言葉を遮り、霧島は腹を決め、短く答えた。
池田屋、四国屋――。
霧島は新選組に入隊する前、旅の途中でこの二つの旅籠を訪れたことがある。
池田屋は奥行きがあり、二階の座敷は大人数でもゆったりと使えた。
一方、四国屋は通りに面して人目につきやすく、どこか落ち着かない造りをしていたのを覚えている。
その記憶が、霧島の胸に確信を与えていた。
土方は一瞬だけ口角を上げる。
「理由は」
「池田屋は会合を開くには目立たず、かつ広さもあります。攘夷派が十人、二十人と集まるなら、あそこが最も適しています」
部屋の空気が一瞬止まったように感じた。
やがて土方はゆっくりと頷き、唇の端に薄い笑みを浮かべる。
「……いい勘してやがる。俺もそう踏んでいる」
霧島は胸の奥に熱いものがこみ上げた。
副長に認められたという実感が、恐怖よりも先に誇りを呼び起こす。
「副長、いつ出ますか」
斎藤が静かに問う。
「日が暮れたらだ。近藤さんとも話をつける」
土方は地図を畳み、二人を鋭く見据えた。
「覚悟を決めておけ。今夜は敵を討つ夜になる」
霧島は背筋が粟立つのを感じたが、同時に胸の奥で炎が燃え上がる。
(これが――本当の戦い)
「……はい!」
声が思ったよりも大きく出た。
土方は満足げに頷き、再び文机に視線を落とした。
「下がれ。斎藤、部下の支度を整えておけ」
「はっ」
斎藤が短く答え、霧島も深く頭を下げる。
廊下に出ると、屯所は慌ただしさを増していた。
鎖帷子の擦れる音、鉄砲の火皿を確かめる音、刀を拭う布の音――。
すべてが今夜への緊張を告げている。
「霧島、大丈夫か」
斎藤が問う。
霧島は一瞬だけ考え、素直に答えた。
「怖いです。でも、それ以上に……早く刀を抜きたい」
斎藤は口元をわずかに緩める。
「それでいい」
その言葉に霧島の胸の高鳴りはさらに強まる。
夜が来れば、血が流れる。
剣を取る理由、自分がここにいる意味――そのすべてを、今夜確かめることになるのだ。