第4章 剣技
やがて通りの端で、魚を抱えた老人が足を取られ、籠を落としてしまった。
銀色の鯵が散らばる。霧島が思わず駆け寄ろうとしたとき、斎藤が先に動いた。
無駄のない所作で魚を拾い、籠に戻しながら短く声をかける。
「手を貸す」
「ありがとうございます、すまんこってす」
老人の皺だらけの顔がほころび、斎藤は淡く笑みを返すだけで歩を進めた。
通りの向こうでは、子どもたちが木刀を振る真似をしながら遊んでいる。
「新選組だー!」と叫び、互いに笑いながら駆け抜けていった。
その無邪気な声が風に溶け、霧島の頬に温かなものがこみ上げる。
斎藤は少しだけ口の端を上げた。
「子どもたちにとって、俺たちはただの浪士じゃない。秩序の象徴だ。……背中で語れる男になれ」
霧島は深く頷いた。刀の重みと共に、言葉の重みを胸に刻む。
町の喧騒は相変わらず続いているが、その一歩ごとに、自分の足跡が確かに石畳に刻まれていくように感じられた。
――これが、守るということ。
剣を抜かずとも、そこに立つことで人を安心させる。
霧島はそう悟りながら、斎藤の背を追って歩き続けた。
通りの先、格子戸の奥に白木の札を掲げた店があった。
【近江屋 刀剣鍛冶】
の文字が風に揺れる暖簾の陰から覗く。
斎藤の足が、ふいに止まった。
視線が暖簾の奥、刀掛けに並ぶ刃のひらめきに吸い寄せられている。
鞘越しにもうかがえる、研ぎ澄まされた地肌と匠の仕事。
「……いい地鉄だ」
低く呟き、斎藤はわずかに目を細める。
普段無表情な横顔に、職人の仕事を見極める眼差しだけが鮮やかに灯っていた。
霧島もつられて店先を覗き込む。
「隊長、刀にご興味が?」
「興味、というより……仕事道具だ」
斎藤は口調を崩さず、暖簾を指先で揺らした。
「だが、良い刃を前にすれば、剣を握る者として足を止めずにはいられん」
霧島は頷く。
(この人にとって刀は、生き方そのものなんだ)
斎藤は店先にしばし視線を残し、軽く息を吐いた。
「巡察の途中だ。長居はできん。だが後日、見に来るのも悪くないな」
再び歩を進めながら、霧島に短く告げる。
「霧島、お前も自分に合う刃を見つけろ。命を預ける相棒だ」
「……はい」
胸の奥に新たな課題を抱きつつ、霧島は斎藤の背を追った。