第4章 剣技
人通りの多い表通りに戻ると、朝日が瓦屋根を白く照らし、露を帯びた暖簾がゆらりと揺れた。
斎藤は歩調を緩め、隣を歩く霧島へ視線を投げた。
「先のような事は、この町じゃ珍しくない。貧しさは人を追い詰める」
低い声はざわめきの中でも不思議と耳に届く。
「だが、俺たちの務めは刀を抜くことだけじゃない。目に見えぬ秩序を保つ事だ」
霧島はうなずき、街路の先を見やる。
人力車が荷を載せ、茶店の女将が店先を掃いている。
「罪を見逃せば批判や上役から咎められることもあろう。だが、人を斬れば命は戻らん。背負う重みも消えない」
その声音には、幾度も決断を迫られた者だけが知る苦みが滲んでいた。
霧島の胸に、静かな痛みが広がる。
「……隊長は、それでもこの町を守ろうと?」
「守るのは町じゃない。そこに生きる人だ」
斎藤は足を止め、振り返った。
通りの先で、子どもが母親の手を引いて笑っている。
商人が声を張り、行き交う者たちが日常を織りなしている。
「この当たり前の暮らしを続けさせるために、俺たちは刀を持つ。それを忘れたとき、剣はただの人斬りの道具だ」
言葉は静かだが、刃のような鋭さを秘めている。
霧島はその一語一語を胸の奥に刻むように聞いた。
「覚えておけ、霧島。巡察は剣の修行とは別物だ。町の声を聞き、人の眼を見ろ。刃の先だけに頼るな」
「……はい」
斎藤は頷き、歩を進めた。
通りの端で犬が尻尾を振り、魚屋が桶を洗う音が響く。
日常のざわめきの中で、新選組の羽織は風を孕み、朝の光を反射して淡く揺れた。
町並みに目を配りながら淡々と歩く。霧島は半歩後ろを着いて行く。
角を曲がると、豆腐屋の前に桶が並び、白い湯気がほのかに立ちのぼっている。女将が笑顔で桶を拭きながら声をかけた。
「お勤めご苦労さまです」
斎藤は軽く頷き、歩みを止めずに応じる。
「何か変わったことはないか」
「ええ、今朝は静かなもんですよ」
小さなやりとりの一つひとつに、町の息づかいが透けて見える気がした。霧島は周囲を見回しながら、胸の奥でひそかに息を整える。