第4章 剣技
斎藤は短く息を吐くと、静かに膝を折り、少年の細い肩へ掌を置いた。
その眼差しには怒りよりも、微かな温もりが混じっている。
「……今日で終わりにしろ」
低く響く声は、路地の薄暗がりでいっそう重みを帯びた。
斎藤は懐へ手を差し入れ、銭袋から数枚の銭を取り出す。
銭は、朝陽を受けて淡く輝いた。
「これで飯を買え。何かあれば新選組を頼るといい。だが、二度と盗みを働くな。次は俺も容赦できん」
掌に置かれた銭を前に、少年は言葉を失ったように瞬きを繰り返した。
涙を堪えるかのように唇を噛み、やがて小さく頭を下げる。
「……ありがとうございます」
掠れた声で礼を述べると、少年は銭を胸に抱きしめた。
「行け」
斎藤の短い一言に、少年は何度も頭を下げ、影のように路地の向こうへ駆け去っていった。
静寂が戻る。
霧島はこわばっていた指先をほどき、長く息を吐いた。
胸の鼓動がまだ早鐘を打つなか、隣に立つ斎藤の横顔を盗み見る。
鋭く引き締まった眼差しの奥に、確かな温かさ――人としての情が潜んでいることを、霧島ははっきりと感じ取った。
冷徹な剣士と噂される男が、目の前で少年を救った。
その事実が胸に重く響く。
斎藤は刀の鞘を軽く叩き、低く言った。
「剣で裁くより、見逃す方が骨を折ることもある」
その言葉は、鋭い刀より深く霧島の胸へ刻み込まれた。
「……はい、肝に銘じます」
霧島はまっすぐに頷き、背筋を伸ばす。
斎藤はわずかに目を細め、表通りへ向き直った。
草履が砂を踏む音が静かな路地にこだまする。
霧島は一歩遅れてその背を追い、落ち着きを取り戻した呼吸の中で、自らの内に芽生えた思いを確かめる。
(町を守るというのは、ただ刀を振るうことじゃない――人の暮らしを支え、その先にある未来を守ることなんだ)
通りに出ると、行き交う人々のざわめきと商人の呼び声が空へ広がっていく。
新選組の羽織をまといながら、霧島はその喧騒の一つひとつを全身で受け止めた。
先まで荒んだ影を背負っていた少年も、いつかこの町の一員として笑う日が来るのだろうか――。
そんな願いが、胸の奥に小さな灯となって宿る。