第3章 信頼
霧島が目を覚ますと、隣に敷かれていた布団は既に綺麗に畳まれていた。
部屋には朝の静けさだけが残っている。
(……隊長?)
身を起こした霧島の視線は、枕元に置かれた一枚の紙切れを捉えた。
墨で簡潔に書かれた文字が目に飛び込む。
『稽古場にいる。支度をして来い。無理はするな』
それだけの短い文。
だが、筆致には斎藤らしい静かな気遣いがにじんでいた。
命令口調でありながら、そこには確かな温もりがある。
霧島は紙を握りしめ、胸の奥がじんわりと熱くなるのを覚えた。
昨夜の夢に揺らいでいた心が、少しだけ支えを得たようだった。
「……はい。無理は、しません」
小さく呟き、霧島は立ち上がる。
布団を整え、羽織を直し、支度を終える。
ひとつひとつの動作が、自らを落ち着かせる儀式のように思えた。
障子を開ければ、朝の冷気が頬を刺す。
吐く息は白く、まだ夜の名残を留めている。
その冷たさに身を震わせつつも、霧島は顔を洗うため井戸へと足を運んだ。
「おはようございます」
井戸のそばに人影があった。振り向いたのは沖田だ。
にこやかに微笑みながら、軽やかな声をかけてくる。
「おはよう、霧島くん。昨日はよく眠れた?」
「えぇ、まあ……」
「でも顔色はあんまり良くないね。そんなんで僕達の隊務についてこられるのかな?」
「……申し訳ございません」
霧島が頭を下げたその時、背後から低い声が響いた。
「総司、あまり新入りをからかうな」
「だって土方さん、僕は事実を言っただけですよ」
軽口を叩く沖田の笑みとは対照的に、土方歳三の眼差しは鋭く霧島を射抜いていた。
「来たばかりで疲れてたんだろ」
その一言に、霧島の胸がじんと熱くなる。
責められると思っていたところに差し込まれた意外な気遣い。
だが同時に、それは「甘えるな」という無言の叱咤でもあるように感じられた。
霧島は深く頭を下げる。
「……ありがとうございます。ご心配をかけぬよう、努めます」
土方はふっと息を吐き、顎で井戸を示した。
「顔を洗ってこい。稽古場で斎藤が待ってる」
沖田は悪戯っぽく笑いながら言葉を添える。
「ほら、行ってらっしゃい。はじめ君にしごかれて倒れたら、僕が優しく介抱してあげるよ」
「……そんなことにはなりません」
霧島は拳を握り、真っ直ぐに答えた。