第3章 信頼
斎藤は霧島の前に立ち止まり、しばし無言で見つめていた。
その視線は鋭さを帯びながらも、どこか人を包み込むような温かさがあった。
沈黙が長く続いた末、斎藤は低く落ち着いた声で口を開いた。
「……夢は夢だ。だが、あんたの心に何かを残すほどのものだったのだな」
その言葉が胸に届いた瞬間、霧島の喉が小さく鳴った。
ただの悪夢で片づけられるはずなのに、あまりに生々しく、心の奥に棘のように刺さっていた。
両親の声。自分を責める言葉。あの赤く燃える空。
――目を覚ましてもなお、霧島の心臓は強く脈打ち続けている。
そんなざわめきが顔に出ていたのか、斎藤はさらに言葉を重ねる。
「忘れようとせずともいい。ただ、目を覚ませば――現実はここにある」
その声は静かで、まるで冷えきった心にじんわりと染み込むようだった。月明かりが、床板の上に淡い銀の光を落としていた。
その光は確かに、そこにある現実を示している。
霧島は思わず外に視線を向けた。
夢の赤い炎とは正反対の、静かな蒼白の輝き。
それを見ていると、胸の奥を占めていた重苦しさが少しずつ解けていくのを感じた。
「俺も……戦場で嫌な夢を何度も見た」
斎藤はふっと息を吐く。
「仲間が斃れ、血に沈む光景を何度も繰り返し見た。夜が明けても、その声が耳から離れぬこともあった」
語られる声に誇張はなく、ただ淡々とした響きだけがある。
それが逆に、重みとなって霧島の胸に響いた。
斎藤は一歩近づき、霧島の肩に軽く手を置いた。
その手は柔らかく、温かかった。
「だが、必ず夜は明ける」
斎藤は霧島をまっすぐに見据えた。
「だから安心しろ。あんたはもう一人じゃない」
その言葉は、霧島の心を強く揺さぶった。
夢の中で浴びせられた両親の言葉が、斎藤の静かな声にかき消されていく。
胸の奥に残っていた黒い影が、月明かりに溶けるように薄れていくのを感じた。
「……ありがとうございます、隊長」
震える声で、霧島はやっとの思いで言葉を返す。
斎藤はわずかに口の端を上げ、ほんの僅かだが柔らかな表情を浮かべた。
「戻るぞ、明日からが本番だ」
その言葉に、霧島は強く頷いた。
二人は並んで廊下を歩き、静かに部屋へと戻る。
冷たい夜気の中で、背中に感じる斎藤の存在が、不思議と心を温めてくれる気がした。