第2章 承認
盃を重ねるうちに、頬が少し熱を帯びてきた。
霧島は卓からそっと身を引き、皆に気づかれぬように廊下へ出た。
夜風が頬を撫でる。
酔いの火照りを冷ますように、庭先へ歩みを進める。
虫の声と遠くのざわめきだけが耳に届き、さっきまでの喧騒が嘘のように静けさが広がっていた。
「……心地いいな」
小さく呟き、縁側に腰を下ろす。
その時、背後から足音が近づいてきた。
霧島が振り返ると、月明かりの下に立っていたのは斎藤だった。
「やはり、ここにいたか」
盃を持たぬその姿は、室内の喧噪から切り離されたように静かだ。
霧島は軽く会釈した。
「……少し酔いましたので」
斎藤は霧島の隣に腰を下ろし、庭に視線を向ける。
しばし沈黙が流れた。
風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが響く。
「総司はああいう奴だ。悪く思わぬことだ」
先に口を開いたのは齋藤だった。
「疑い深いというより、人を見るためにあえて挑発するところがある。悪気があるわけではない」
霧島は静かに息を吐いた。
「承知しています。……私にも、隠していることがありますから」
斎藤は目を細め、わずかに頷いた。
「それでも、剣の眼は偽れない。お前が本気で戦う覚悟を持っているのは分かる。それだけは確かだ」
霧島は一瞬、言葉を失った。
ただ、涼やかな夜風が二人の間を吹き抜けていく。
「……あの頃」
霧島は静かに話し始めた。
「私は無力で、ただ逃げることに精一杯でした。親が殺される情景は今でも鮮明に覚えています」
霧島はぎゅうっと唇を噛み締める。
「だから、強くなりたい。己の無力を、もう味わいたくはない」
ようやく斎藤が視線を寄越した。
その瞳は憐れみではなく、ただ淡々とした光を宿している。
「……ならば、尚更だな」
「え?」
「剣を執る理由がある者は、どれほど未熟でも強くなる。理由を持たぬ者よりも、はるかに」
齋藤はそう言い切ると、夜風に前髪を揺らした。
「俺も――信じるもののために剣を振るっている。新選組にいるのも、そのためだ」
霧島は、初めて彼が僅かに心を開いたように感じた。
胸の奥で、言葉にできぬ熱が静かに灯る。
「何時でも、稽古の相手になってなる。いつでも頼れ」
優しい声色に霧島はふっと笑い、頭を下げた。
「承知しました」
庭を渡る風が、二人の間に柔らかな沈黙を運んだ。