第11章 微光
通りの向こうでは、町娘が笑いながら布団を干している。
白い布が風にたなびき、陽光を受けて煌めいた。
その平和な光景が、まるで別の世界の出来事のように見えた。
日差しは暖かく、空には雲ひとつない。
それなのに、霧島の世界だけが急に色を失っていく。
耳に入る喧騒も、鳥の声も、遠ざかっていった。
「もう少しだけ、皆の為に戦いたい」
不意にこぼれた沖田の声は、春の風のように柔らかかった。
淡い陽光が髪を照らし、その頬の輪郭をやさしくなぞる。
微笑んでいるのに、どこか儚くて、痛いほど美しかった。
「冗談ですよね?」
絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。
霧島の問いに、沖田はゆるやかに首を横に振る。
「冗談だったらよかったんだけどね。……体が、言うことを聞いてくれないんだ」
静かに笑いながら、手にした手拭いを見下ろす。
白い布に滲んだ赤が、風に揺れた。
その小さな赤が、胸の奥を鋭く貫いた。
「松本先生のところに寄ったのも……その病のためですか」
霧島の声は、どこか子どものように震えていた。
「そう。静かな場所で安静にしてろって言われてるんだけどね」
沖田は空を見上げ、目を細めた。
「でも、僕には“新選組の剣”としてしか生きられないから」
淡い風が吹き抜け、彼の髪をやさしく揺らした。
「まだやりたいこと、たくさんあるんだ。はじめ君と稽古して、土方さんに怒鳴られて、近藤さんや君と、お茶を飲んで笑って……」
沖田の声は穏やかで、それでいてどこか遠い。
「そんな日が、もう少しだけ続けばいいのにな」
言葉が風に溶けていく。
霧島は、何か言おうとして、唇を噛んだ。
「沖田さん……そんなこと、言わないでくださいよ」
沖田はゆっくりと霧島を振り向く。
その瞳には、どこまでも静かな光が宿っていた。
「君がいれば、大丈夫だよ」
「私は……!」
「霧島君、君は強い。誰よりも優しいから」
沖田は微笑んで、ふと目を細めた。
その笑みは、どこまでも穏やかで、残酷なほど優しかった。
霧島は何も言えず、ただ小さく頷いた。
喉の奥が熱くなり、視界の端がじんわりと滲む。
風が吹き抜け、二人の間をすり抜けていく。
湯気のように、儚い時間だった。
彼の肩越しに見える空は、あまりにも青かった。
その青さが、どうしようもなく悲しかった。