第11章 微光
「嬉しかったな。あの時の近藤さんの顔、今でも目に浮かぶよ」
沖田の口元が、懐かしむようにほころぶ。
光が頬を照らし、その瞳には柔らかな温もりが宿っていた。
「その時に思ったんだ。一生、この人に着いて行こうって」
「素敵ですね」
「そうでしょ」
沖田は照れくさそうに笑う。
その笑顔に、霧島の胸がほのかに熱くなった。
「ちょっと寄り道していい?」
「え?」
沖田が立ち止まったのは、白壁の松本診療所だった。
木の看板に墨で書かれた「松本良順」の文字が揺れ、戸口からは薬草と火の匂いが漂う。
「……沖田さん、診療所に?」
「うん、少しだけね。待ってて」
そう言って微笑むと、彼はゆっくりと戸を開けて中へ入っていった。
霧島は門前に立ち、冷たい風の中でじっと待つ。
人通りが途切れ、どこかで寺の鐘が鳴った。
その音が、やけに遠く、胸に沁みた。
ほどなくして戸が開き、沖田が現れる。
さっきよりも少し息が荒いように見えたが、笑顔は変わらない。
「お待たせ。さ、行こっか」
「松本先生に何か……?」
「まぁ、ちょっとした世間話かな」
沖田は冗談めかして言ったが、その声の奥に、微かな疲れが混じっていた。
霧島は問いを飲み込み、ただ静かに頷いた。
――彼が望む“平穏”を壊したくなかった。
⸻
茶葉を買い終えた帰り道。
沖田がふと足を止めた。
「ねぇ、お団子でも食べていかない?」
「いいですね。暖かいお茶も飲みたいです」
「じゃあ、あの茶屋にしようか」
川沿いの小さな茶屋。
団子と茶を二つ頼むと、すぐに提供された。
窓辺の席に腰を下ろすと、湯呑みから立ち上る香ばしい匂いが心をほぐしていく。
「ねぇ、霧島君」
「はい?」
「はじめ君のこと、土方さんと近藤さんのこと、守ってあげてね」
沖田は湯呑みのふちを指先でかすかに撫でながら、遠くを見ていた。
湯気の向こうで、その目はいつもよりも静かで、どこか寂しげだった。
霧島は一瞬、意味を測りかねて彼を見つめる。
「それは、どういう意味でしょうか…」
「そのままの意味だよ」
沖田は湯気の向こうで、穏やかに笑った。
「君になら、新選組を任せられる。そんな気がするんだ」
霧島は言葉を失い、ただ小さくうなずいた。
湯気がゆっくりと二人のあいだを揺らし、その言葉を包み込むように、静かに消えていった。
