第10章 襲撃
天霧の眉がわずかに動いた。
だがその瞳には、侮蔑と哀れみがないまぜに浮かんでいる。
「無謀ですね……命を捨ててまで剣を振るうとは。これが“武士”というものですか」
冷ややかな声とともに、天霧は霧島の刀をあっさりと放した。
霧島は重心を崩しながらも、なお剣を構え直し、肩で息をしながら睨み返す。その眼には恐怖はなく、ただ不屈の炎が宿っていた。
「風間、もう行きますよ。女鬼が不在の今、彼らと争う理由はないでしょう」
「……ふん」
風間は土方を射抜くように睨みつけたまま、短く息を吐く。
次の瞬間、すっと刀を鞘へと納めた。
その仕草には一切の隙がなく、むしろ“いつでも再び抜ける”という威圧感だけを残している。
不知火もまた銃口を下げ、口角を吊り上げた。
「つまんねぇな。まあいい……今殺さなくても、いずれまた会えるだろうさ」
三人の影は、夜風に溶けるように音もなく後退していく。
その姿が完全に消えるまで、土方は一歩も動かず、鋭い眼差しで見送り続けた。
ようやく気配が消えると、土方は小さく息を吐き、刀を収める。
「……霧島、大丈夫か」
土方の低い声に、霧島は脇腹を押さえながら、かすかに苦笑を浮かべた。
「ええ……平気です。それより――」
言いかけて、霧島は言葉を飲み込んだ。
胸の内には疑問が山ほど渦巻いている。
女鬼とは何なのか。彼らは何者なのか。そして、雪村とどう関わっているのか――。
視線を伏せた霧島の心中を見透かすように、土方は鋭く言葉を投げかけた。
「いろいろ聞きてぇって顔だな。……だが今は任務を果たすのが先だ」
土方の声は厳しいが、その奥には確かな信頼の色があった。
「俺も聞きてぇ事がある。二条城の警護が終わったら、屯所で話を聞かせろ。隠し立てはするなよ」
「……はい。お話しします」
霧島は深く息を吐き、刀を静かに鞘へ納めた。まだ脇腹は鈍く痛む。
だが、身体以上に心がざわめいていた。
先ほどの敵の力――不知火の速さも、天霧の冷静な力も、風間の凄烈な気配も。人の域を超えている。あれは人ではない。
雪村と、鬼という存在と、どう結びついているのか。
静まり返った路地に、ようやく夜の虫の声が戻ってきた。まるで先ほどの殺気を否定するかのように。
だが、霧島たちの心には不穏な影だけが確かに残されていた。