第9章 嗜血
霧島は拳を握りしめたまま、とうとう堪えきれず口を開いた。
「……でも、藤堂さんは……まだ人間に戻れるんじゃないですか」
声は震えていたが、その奥には必死の願いがあった。
あの時、確かに牙を立てられた。
だが最後に「ごめんな」と呟いた。
あれが幻聴だとは思えない。
人としての心が、まだ残っている。
「藤堂さんは……理性を保とうとしていました。襲いながら、必死に耐えていたように見えました」
霧島の言葉に、土方の瞳が細くなる。
冷たい光が射抜くように向けられ、霧島は思わず背筋を伸ばした。
「……甘ぇな」
低く響いたその声に、霧島の胸が縮み上がる。
「羅刹になった時点で、人としての道はもう戻れねぇ。どれだけ理性を繋ぎ止めようが、もう人じゃねえ」
「……でも!」
思わず声を荒げ、霧島は前に身を乗り出した。
膝の上に置いた手が震え、包帯がきしむ。
「まだ完全に壊れてなんかいません!だったら、助けられるはずです!」
一瞬、土方は黙り込んだ。
その顔に動揺はない。
ただ、長く戦場を見続けてきた男の冷酷な現実があるだけだった。
「……助けたいと思うのは勝手だ」
低く落とされた声は、どこまでも冷たく響く。
「だがな、霧島。羅刹は仲間を守るための駒だ。理想や情に縋ってたら、戦は乗り切れねえ」
土方の言葉は鋭く胸を刺し、霧島は返す言葉を失った。
だが、それでも胸の奥に残るあの小さな「ごめんな」が消えない。
霧島は唇を噛み、拳を震わせた。
「……それでも、私は信じます。藤堂さんは……まだ人間です」
土方の表情は変わらなかった。
だがその沈黙は、否定だけではない何かを孕んでいるようにも見えた。
やがて深く息を吐き、膝の上に置いた手をゆっくりと握る。
「……そうか。お前がそこまで言うなら、勝手に信じてろ」
吐き捨てるような声音だった。
だがその目は、ほんのわずかに揺れていた。
「ただし――信じるなら、最後まで責任を持て」
霧島の胸が跳ねた。
「平助のこと、お前が側で支えてやれ」
「私が…?」
「俺や斎藤は、必要とあらばあいつを斬らなきゃならねぇ立場だ。情を挟んだら判断を誤る。だが、お前は違う。襲われたその瞬間にさえ“人間のままの平助”を見たんだろう?なら……お前にしか見えねぇもんがあるはずだ」