第3章 砂時計は返された
「……煙管に料理に、お前は煙に巻かれてねぇと気がすまねぇのか?」
「おっと。気が付かなかったよ。いらっしゃい」
竈からクッキーを取り出していたとき、兵士長殿の呆れた声が聞こえてきた。惜しいことをした。今回は砂時計をひっくり返し損ねてしまったようだ。この悔いはこれで晴らすより他あるまい。そう思いながら手元に視線を落とす。
「クッキーを焼いたんだ。紅茶のお供にと思ってね。どうだい?」
「……悪くない」
焼き立てて湯気の立ち上るクッキーの姿に、兵士長殿は表情を変えることなく頷いた。
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砂時計をひっくり返す。
温かいうちに食べようといそいそと庭に出たために、紅茶を蒸らす時間がいっとう長く感じられる。砂が落ちきるや否やティーポットを手にしたおれを見て、兵士長殿がは、と笑った。
「そんなに温かいクッキーを食わせてぇか」
「当たり前だろう、自信作だ」
おまえに捧げると、決めたのだから。
早々に紅茶を注ぎ、椅子に腰掛ける。クッキーを口にした彼の姿を幾つか頭に浮かべながら、おれは皿を兵士長殿に差し出した。
兵士長殿がクッキーを一口食べたのを見届けて、おれもまたクッキーをかじる。しっとりとした口触りのあと、クッキーがいくつかの粒になってほろほろと舌の上を転がった。
「我ながら上出来だ」
クッキーが紅茶に溶けてゆく感覚が心地良い。寒さが深まってきたこの中で飲食する温かいものというのも、また心を満たす。
「生焼けじゃねぇのか」
感嘆の息を漏らしたおれを見て、兵士長殿がまた微かに笑う。揶揄うかのように。
「心外だな、そういう食感を目指して焼いたものだよ」
茶目っ気を込めて片目を閉じれば、兵士長殿はわざとらしく顔を顰めてみせた。嫌悪感から来るものではない、じゃれあいのような、そんな空気。
満足感に駆られて空を仰げば、雲間から眩い光がひとすじ。
空を見ていたのは、彼も同じらしい。