第2章 美醜は覆る
「そんな良い生活をさせてもらってるやつがどうしてわざわざ紅茶を薄くする。せっかくの香りも風味も台無しだ」
兵士長殿が、紅茶の水面を見つめながら独りごちた。
驚き、皮肉、侮蔑、怒り──そのどれとも違う慈しみに似た何かを、紅茶の凪いだ水面に映しながら。
「……おまえは、完璧に抽出された紅茶を美しく思うのかい?」
「別に完璧を求めてる訳じゃねぇ。せっかくのモンを無駄にするのは性に合わねぇ。……それだけだ」
ひとすじの、光を見た気がした。
「おまえは、貧相な生活をしているんだな」
「そうだろうな」
彼が紅茶を啜る。その言葉の通り、“せっかくのモン”を無駄にせんとして。
「しかしおれは、おまえのことが美しいと思う」
彼が動きを止めて、おれを見た。それはそれは、怪訝そうな顔をして。そんなわけが無いだろうとでも言いたげな顔をして。
──しかし、おれは彼が美しいと思うのだ。心から。
「文筆家がこんなことを言うのもおかしな話だがね、筆舌に尽くしがたいと思ったよ。貧相、贅沢、そんな二極で語れやしない」
「……気持ちの悪いやつだ」
彼はただ、いつもと何ら変わりない様子で紅茶を啜った。