第2章 美醜は覆る
しかしおれは見た。否、きっとおれにしか気付なかった。この場にいたのは兵士長殿とおれだけで、そしてこの場で兵士長殿の瞳を見つめていたのはおれ一人だったからだ。
その驚きと皮肉と侮蔑の奥にある孤独を、おれは見た。
「何も、今ここにあるものじゃあなくたっていい。春の柔らかな光、新緑の織り成す木漏れ日、秋の落ち葉を踏みしめる音、冬の雪明り、母と手を繋ぎ歩く子の姿……」
──ざり。
背中を震わすような砂利の音で、おれはほとばしる言葉は押し込められた。立ち上がった兵士長殿の目に映るのは、おれの顔と、一抹の怒り。
「お前は……夢物語ばかりを書いてきたようだな。糞溜めの中で藻掻いてる奴等の横で救いにもなりやしねぇ日光に酔いしれて、豚野郎どもと何ら変わりねぇ」
調査兵団は、お前に付き合ってられるほど暇じゃない。はじめここに来たときは足音なんて露ほども立てていなかった彼が、足音大きくテーブルを横切った。
「待ってくれ」
美しいものを問うておきながら、今から汚らしいことをしよう。
「おれは調査兵団に多額の支援をしている」
彼の足音が、止まった。
「……この意味が分かるのなら、もう少し話をしようか」
とっくの昔に砂の落ちきった砂時計を横目に、紅茶を注ぐ。黒に近い赤色をした紅茶は、それだけで唾液が滲むほどに苦々しさを感じさせた。
おれたちの間に会話はない。嫌なものは、芋蔓式に嫌なものを連想させる。渋い紅茶を口にしながら、おれは人混みに揉まれたあの日を思い起こしていた。
むせ返るような熱気と罵声。仲間の死の渦中にいることへの憂慮の一切ない、純粋とすら言える怒りの矛を向けられる凱旋の道中。
その中で、誰が陽の光を美しいと思えようか。おれは、独り善がりの朗読の真似事を恥じた。
「……苦い」
「全くだ」
思わずこぼした言葉に、彼は頷いた。
「おれはね、味の薄いのが好きなんだ」
「贅沢なのか貧相なのかはっきりしたらどうだ」
兵士長殿が、嫌味交じりに紅茶を啜った。
「さぁ……良い生活をさせてもらってるとは思ってるよ」
舌が痺れるようだ。これ以上紅茶を飲んでいられないで、カップをソーサーに置いた。水でも注ぎたそうか、否、客人の前でこれ以上はしたない真似はできまい。