第4章 讃歌永るる砂時計
次に文筆家の屋敷を訪れることになったのは、随分と時間が経ってからだった。トロスト区が破壊され、かと思えば巨人になれる人間が現れ、裏切りがあったと思いきや、今度は人間と対峙して、挨拶に行く間もなくウォールマリア奪還作戦に出向き───
──気がつけば、あの文筆家と出会って二年と少しが経っていた。
あの日、あいつが血を吐いた日。両者うんざりするほどに医者に罹るよう言って帰ったが、あいつは本当に医者に行ったのか、何かに取り憑かれたように机に向かっていたものだから、怪しい。
屋敷の戸を叩く。返事はない。いつものことだった。
あいつは、俺が来る日はいつも庭で砂時計片手に煙管を吹かしていた。客人を迎える予定があるならノックの聞こえる場所にいろと嫌味を言った回数は計り知れない。
手にした茶葉の缶を一瞥して、庭へと進む。
仕方がなかったとはいえ、かつて多額の支援を受けておきながら一年半もの間来訪をしていなかった、その謝罪も込めての少々値の張る茶葉だった。
「おい、来たぞ」
庭は、草が生い茂っていた。この庭が手入れされていなかったことなどあっただろうか。いや、ない。背中に汗が伝って、庭から家の中へと足を踏み入れた。窓の鍵は、不思議と開いていた。
家の中の埃っぽさに鼻と口を覆う。不潔な屋敷に眉を顰めるのは毎度のことだったが、今日が一番だった。ところどころに蜘蛛の巣すら張っている。
書斎に繋がる戸を叩く。ここもまた、返事はない。扉を開けた。そこに背中を丸め執筆に没頭する文筆家の姿はなかった。
その時、俺は庭と書斎以外にこの屋敷で出入りした部屋がないことに気がつく。あいつの姿を探して薄暗く汚い屋敷を彷徨くのは、どこか地下街での生活を彷彿とさせた。
私室、台所、寝室、応接室。そのどこを見ても、文筆家の姿は見当たらない。あまりに夥しい量の埃に目眩すら覚えて、一度屋敷の外に出た。
屋敷の外壁に背を預け新鮮な空気を取り込んでいると、ひとりの婦人が通りかかった。
「お兄さん、そこの屋敷の人に御用がおありで? 」
そうだと頷けば、その婦人は少しあたりを見渡して、眉を下げこちらに近づいてきた。
「そちらの屋敷の方、もう亡くなってるのよ」
「……は」
「一昨年の冬頃だったかしら。長年病気を患ってらして」