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讃歌永るる砂時計【リヴァイ】【男主】

第4章 讃歌永るる砂時計


 鈍器で頭を痛める殴られたような衝撃に、立つことで精一杯だった。ぐらぐらと揺れる視界の中、文筆家の姿を探して屋敷に戻る。

 椅子に座ったあいつの姿は、クッキーを焼くあいつの姿は、煙管を吹かすあいつの姿は。

 もう一度隅々まで屋敷中を探しまわって、やがて書斎に戻ってきた。あの時、無理やり医者に連れて行っていれば。そんなタラレバが頭を掠めた。
 歩くたび足跡ができるほどに積もった埃。それが、あいつの不在を俺に知らしめた。

「……なぁ」

 椅子に手をかける。椅子はきぃと軋んでそれきりで、主を座らせている気配は微塵もない。机上にはいくつかの血の跡が見えた。その隣には、すっかり砂の落ちきった砂時計と、紙の束。それを見て、俺はあの文筆家が文筆家であることを思い出す。
 インクと血の散った紙束を一枚、はらりと捲ってみた。


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 紅茶を片手に、庭に出る。試しに、砂時計をひっくり返してみた。

 そこでは蝶々が踊っていて、色鮮やかな花々に誘われてその蜜を吸っていた。伸びた草についていた露が靴下を濡らす。黒髪は春の光を集めて、じっとりとした汗をかかせた。そこで、あいつがいつか言っていた光の柔らかさを知る。

 澄んだ琥珀色の紅茶から湯気が立ち上って、雲と一体化したように見えた。その雲の形は、何かの動物だろうか。猫のようにも、うさぎのようにも思われる。

 頁をめくるたび、陽射しが鋭くなってゆく。毛穴ひとつ一つに入り込むような斜陽にうんざりして髪を掻き上げる。
 庭に咲いた向日葵は、太陽の方向を向いてしゃんと背を伸ばしていた。眩しいほどの黄色だ。

 目を細めて、視線を下げる。そこには秋の朽葉が寄せ集められていた。少し足に力を込めれば、霜を踏んだ時のしゃくという音がした。

 土と霜との混色を見つめていると、純白が舞ってきた。はっとして顔を上げると、真っ青な空から風花が。見惚れているうちに吹き付けてきた鋭い風に、鼻の奥がツンとする。ぱらぱらと、木枯らしが頁を一番最初に巻き戻した。

──血に塗れた世界を、おれが彩りたいと思った。

 白い息に視界を乱されながらその一行を追う。そこで、俺はこの世界への讃歌を読み耽っていたことを知った。

 長いこと、ここに座っていたかのように思えた。具体的に言うのならば、一年程度。

 
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