第9章 *ドSな先輩『if』
夜の喫煙所。冷たい風がかすかに髪を揺らした。
閉店作業を終え、煙草を手にした先輩を追いかけて外に出たはずなのに、その姿はどこにもない。
小さくため息をつき、フェンスに寄りかかったまま、しゃがみ込む。
この場所に来ると、あの夜の出来事が鮮やかによみがえる。
気づけば、そっと自分の唇に指先が触れていた。
その瞬間、頭上から声が落ちてくる。
「――この前のキス、忘れられねぇって顔してるな」
驚いて顔を上げると、先輩が立っていた。
煙を吐きながら、じっとこちらを見つめている。
図星で恥ずかしくて、でもやっぱりかっこよくて。
視線を落としそうになりながらも、必死に目を逸らさず告げる。
「……はい。先輩のこと、まだ好きです。……本気です」
一瞬の沈黙ののち、先輩は口の端をゆるめた。
「……じゃあ、証明しろよ。覚悟、見せろ」
その言葉を聞いて、考えるより先に、わたしの手は動いていた。
先輩の指先から煙草を取って、自分の唇に運ぼうとする。
僅かに目を丸くした先輩の顔が、どこか新鮮に見えた気がした。
次の瞬間――
「ん……っ」
あの夜に貰った、押し付けるキスとは違う。
包み込むような優しさを帯びていて――自惚れかもしれないけれど、''好き''が伝わってくる、そんなキスだった。
唇を離し、先輩は低く囁く。
「俺の本命になりたいなら、簡単に諦めんなよ」
胸の奥が熱くなって、言葉は出なかった。
ただ、頷いて、彼を見つめた。
fin.