第40章 『観察』斎藤一編
「……さっきから、どうした?」
刀の手入れを終えた斎藤さんが、袴の裾を整えながら声をかけてきた。
ももかは何も言わず、ただ黙って、彼の顔をじーっと見つめている。
「……?」
その鋭い眼差しがこちらを向いた瞬間、胸がきゅうっとなる。
なのに、目を逸らすどころか、ももかはまた、彼の目元をじっと見つめた。
「……何か、顔についているか?」
「ううん、違うの」
「なら……なぜ、そんなに見る」
「……見たくなっちゃって。……斎藤さんの顔」
「……」
その言葉に、ふっと空気が揺れる。
「……綺麗な顔だなって、ずっと思ってたから……こうして、ちゃんと見たことなかったなぁって」
「……」
斎藤さんは口を閉じたまま、何も言わない。
でも、じっと見れば見るほど、睫毛の長さや鼻筋の美しさ、唇の輪郭がはっきりと見えてきて──
「目、すごく綺麗……少し、青みがかってるように見える」
「……」
「それに眉のかたちも、きりっとしててかっこいい……」
指が伸びそうになるけど、ぎりぎりのところで止めた。
ふと、斎藤さんの睫毛がふるえて、小さく息を吐いた。
「……ももか」
「はい?」
「そんな目で見つめるのは、やめてくれ」
「え……」
「……俺は、冷静なほうだが……」
静かに言葉を継ぐ斎藤さんの目が、じわりと熱を帯びる。
「そう見つめられたら……その冷静も、保てなくなる」
「斎藤さん……?」
「……顔だけを見てすむのなら、まだいい。だが──」
そう言いながら斎藤さんはわたしの腕を引き、膝の上に落ちるように座らされた。
「そのまま、どこまで触れようとするつもりだった?」
「え……あの……っ」
「唇も、気になるんだろう?」
低く囁いたその唇が、ふわりと耳に触れた。
「それなら……ちゃんと、見せてやる」
次の瞬間、唇を塞がれていた。
触れるだけでなく、確かめるように、深く、長く。
「……次は、見られるだけじゃ、済まさない」
fin.