第8章 『土方歳三 個人ルート』
「わたしは……誰がどうとか、まだ全然、わからないです。ただ……土方さんが、最初にここに連れてきてくれたことは、ちゃんと覚えてます」
その言葉に、土方さんの肩が微かに揺れた。
「……そうか」
それだけ言って、彼は黙った。
しばらくの沈黙。夜風がふっと吹き抜けて、わたしの髪を揺らす。
すると突然、そっと、彼の指先が髪に触れた。
「……おまえの髪、長ぇな」
「え……」
「光が当たると、墨みてぇな黒だ。……変な言い方か」
「……変じゃ、ないです。むしろ、うれしいです」
気づけば、心臓がどくどく鳴っていた。
この距離、この空気、触れそうで触れない彼の仕草。
(……この人、本当はとても不器用なんだ)
「今夜は、冷える。……風邪、引くなよ」
そう言って立ち上がった土方さんの背中に、思わず声をかけた。
「……わたし、ここにいてもいいですか?」
一瞬、彼の動きが止まる。
「……あん?」
「わたし、まだ帰り道も見つからないし……この時代のことも何もわからない。でも……ここにいると、少しだけ安心するんです」
背を向けたまま、土方さんが低く返す。
「……それを決めるのはおまえだ。ただ……」
振り返った彼の瞳が、わたしをまっすぐに射抜いた。
「どこにいようが……おまえが泣くなら、俺が迎えに行ってやる」
その言葉は、まるで誓いのように、夜空に静かに響いた。