第35章 『甘い声×嫉妬』藤堂平助編
夕方、屯所の土間で雑務を手伝っていたわたしは、通りがかった隊士たちに軽口を叩かれていた。
「おやおや、桜名嬢は器量もよくて働き者ときた。どうです、一緒にお茶でも?」
「……それはちょっと!」
軽く流そうとしたその時――
平助くんが突然、わたしの背後にまわり、肩にそっと触れてきた。
「――ももかちゃん、ここ。ほこりついてるよ」
そう言いながら、耳元に息がかかる距離で近づいてきて――
反射的に出てしまった、甘い吐息。
「っ、あ……♡」
一瞬、場が静まり返った。
(しまった……)
耳元でその声を聞いた平助くんの顔が、一瞬で赤く染まる。
そして笑顔のまま、ぐっとわたしの手を取って。
「……ごめん。ちょっと、借りるね」
と、皆に微笑みながら、わたしを引っ張って廊下の奥へと連れていった。
戸の閉まる音。
その瞬間、さっきまでの柔らかな表情が――まるで嘘みたいに変わる。
「……さっきの、声」
「平助くん……?」
「聞かれたよね、みんなに。……俺だけが知ってる声、だったのに」
平助くんは、わたしを見下ろしながら、震える声で言った。
「そんな、わたし、わざとじゃ……んっ」
言いかけた言葉を、唇で塞がれた。
深く、甘く、焦がれるように。
何度も重ねられる口付けに、呼吸が奪われる。
「もう、誰にも聞かせたくない………ぜんぶ、俺だけのももかちゃんでいてよ」
平助くんの声は震えていた。
けれどその腕は、とても強くわたしを抱きしめる。
「へいすけく……」
「……お願い、断らないで。今日だけじゃない、これからもずっと、俺だけのものにしたい……」
わたしの身体を抱きしめるその腕は、見た目よりもずっと、力強かった。
その夜――
「……ももかちゃんの声、もっと聞かせて。俺だけに……」
「へ……平助くん……あっ……!」
「俺以外には、もう絶対に聞かせないで。……ずっと、聞かせてくれるよね?」
甘く、狂おしいほど優しくて。
何度も何度も名前を呼ばれながら、
わたしは平助くんの腕の中で、とろけるように愛され続けた。
そして最後、彼の瞳に宿っていたのは――
天真爛漫な笑顔の奥に隠された、本当の執着。
「……ももかちゃん。俺のもの、でしょ?」
fin.