第34章 『役者×浮気心』土方歳三編
――終演後。
「嬢さん、芝居は楽しんでいただけたか?」
舞台裏から現れたその人に、声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのは着替えを終えた政之進。
仄暗い中、まだ薄く残る舞台化粧が、彼の艶やかさをより一層引き立てている。
「えっ、あの……はいっ、とっても」
「それは良かった。よろしければ、こちらへ」
「わ、わたし、ただのお客で……」
「……あんまりじっと見つめられるものだから、てっきり知り合いかと思ってね。芝居の間中、気になって仕方がなかった」
「す、すみません……!あの、少し雰囲気の似ている方がいらっしゃって、それで……」
「ふふ、そうか。……では、その人の代わりに口説いてみようか」
「……え、ええっ!」
「……冗談、ではないよ?」
わたしの手を取るその仕草さえ、どこか見慣れた人に重なる。
「……っ、すみません、わたし……」
「じゃあ、今度はその"似ている人"の話、聞かせてくれるかい?」
返答に困って顔を伏せると、政之進はくすっと笑った。
「そうか。なら、聞かないでおこう」
「はい……」
「ただ――」
近づいた彼の手が、そっとわたしの頬に伸びる。
「その"誰か"に会えないときは、俺に会いにくればいい。……君の気持ちが揺れるくらいには、似てるんだろう?」
「……っ!」
(ちがう……違う……!)
「わたしは――」
「わかってる。……でも、一度だけ、抱かれてみるか?」
「……だ、だめです!それは……!」
必死に首を振ると、政之進は微笑んだ。
「……でも、名残惜しいな。俺の目には君があまりに美しくて……どこか、俺のものみたいに見えたから」
……そうして、わたしはその場を離れた。
胸は、ドキドキしたままで。
でも、わかってる。
わたしの心にあるのは――土方さんだけ。