第34章 『役者×浮気心』土方歳三編
――数日後、屯所にて。
「いや〜、いい芝居だったよ!ももかちゃん、ずーっと役者の政之進を見つめててねぇ!」
玄関で立ち話をしていたおばちゃんの明るい声が、たまたま近くを通りかかった土方の耳に飛び込んだ。
「政之進……?」
「そうそう、芝居の看板役者。そういや、あんたにそっくりなんだよ!終演後に声かけられて、奥へ通されたみたいで……ちょっと口説かれてたんじゃないかしら?ふふっ」
「…………」
数刻後、廊下を歩いていたわたしは、背中に鋭い気配を感じた。
「……ももか。ちょっと、来い」
土方さんが無表情で、静かにわたしの腕を引いた。
そのまま廊下の奥、誰もいない一室へ。
「――話せ」
「え……」
「全部、だ」
声が低くて、怖いくらい静かだった。
「芝居を観に行ったこと。終わったあと、声をかけられたこと。そして――何を言われた?」
「……っ」
「似ていたんだってな、俺に」
「……でも、でも!断りました。絶対、嫌だったから……」
「なら、何で黙ってた?」
「それは……」
「図星か。……少しでも心が揺れたんだな」
「ち、違……!」
「違わねぇ」
ぎゅ、と肩を掴まれた。
「俺と似てる他人に、ドキドキしてんじゃねぇ。だったら、俺にしろ。俺で、全部忘れさせてやる」
そのまま腕の中に引き寄せられて、唇が重なる。
「……ももか、俺を見ろ。俺の声だけを聞け。俺だけに触れてろ」
「……ひじかたさん……っ」
「他の男に目を向けるな。……おまえは、俺のものだ」
そう言って土方さんは、わたしを抱き寄せたまま一歩も動かない。
夕餉の喧騒も、夜の足音も遠のいて、この部屋の中には、ふたりだけの空気が流れていた。