第7章 『無口な剣士の、誰にも見せない優しさ』
夕方、桶を持って水くみに行こうとした帰り道のことだった。
ふとした拍子に足を滑らせ、手にしていた桶が地面に転がる。
「あっ……」
水が跳ね、足元がぐっしょりと濡れた瞬間——
すっと、影がひとつ伸びてきた。
「……気をつけろ」
低く、落ち着いた声。
顔を上げると、袴姿の長身の男が静かに立っていた。
深い藍色の瞳と、切れ長の目元。言葉は少ないけれど、その目はどこか優しくて。
「ありがとうございます……」
しゃがみこんだ彼は、無言のまま桶を拾い上げて、私の前に差し出す。
「足、濡れたな。……立てるか?」
差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。
指先はごつごつとしていたけれど、その動きは驚くほど丁寧だった。
「……斎藤さん、ですよね」
彼は小さく頷くだけで、すぐに視線をそらした。
「君は、この時代では……危うい存在だ」
「……え?」
「未来から来た女。それも、無防備すぎる」
その声に怒気はない。ただ、静かな警告のようなものが宿っていた。
「誰に狙われても、おかしくはない。……だから」
言葉を切り、彼はわたしをまっすぐ見た。
「……俺がそばにいる」
その一言は、淡々としていたけれど——
なぜか、胸の奥がぎゅっとなる。
(この人も、きっと優しいんだ……)
言葉数の少ない斎藤さん。
でも、その視線の奥には、他の誰よりも強くて静かな''決意''が見えた気がした。
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