第56章 『キス×我慢』土方歳三編
ある日の夕暮れ。
西日が傾き、障子越しの光がゆるやかに部屋を染めていく頃――
わたしは、土方さんの部屋に呼び出されていた。
「おまえ……最近、ずいぶんと煽ってくるじゃねぇか」
静かな声。でも、その目は鋭くて、どこか熱っぽかった。
突然の指摘に、胸がぎくりと跳ねる。
……たしかに、心当たりはあった。
いつも冷静で、大人で、誰にも乱されない土方さん。
その余裕を、わたしだけが崩したい。
わたしだけが、夢中にさせたい。
そういう気持ちが、態度に出てしまっていたんだと思う。
「気のせいですよ」と微笑んで首をかしげると、土方さんはゆるく目を細め、顎をくいとしゃくった。
「……だったら"欲しがってないこと"証明してみろよ。……我慢比べ、しようぜ、ももか」
「我慢比べ……?」
「先に口付けしたほうが負け。……唇を奪った方が、相手の命令に従う。どうだ?」
「……いいですよ。その勝負、受けて立ちます」
――こうして始まった、静かで甘い戦い。
土方さんはわざと着物の襟元を緩め、首筋をちらりと露わにする。
「どうした、そんな顔で見つめて。……口付けたきゃ、してもいいんだぜ?」
「……っ、土方さんこそ」
わたしも負けじと、彼のすぐそばへとにじり寄った。
「顔……近いですね」
「わかってる。……おまえが近づいてきたんだろうが」