第8章 『土方歳三 個人ルート』
『気づかぬうちに、目で追っていた』
「よし、今日は天気もいいし、庭の掃き掃除頼むね」
沖田くんが竹ぼうきを差し出してきた。
小さな中庭には、春風に揺れる桜の花びらがはらはらと舞っている。
「はい、任せてください」
そう答えると、奥から平助くんが顔を出した。
「おおっ、じゃあ俺も手伝うー!ももかちゃんと一緒なら楽しいし!」
「ずるいな〜、俺だってやりたかったのに」
新八さんが笑いながら後ろからついてくる。
(ほんとに……毎日がにぎやかだなぁ)
新撰組の暮らしは、最初こそ戸惑いばかりだったけど、今はもう、みんなが優しくて、あたたかくて。
誰かが声をかけてくれるたびに、「ここにいてもいいのかも」と思えてくる。
「ももかちゃん、こっちは終わったよ〜」
「はーい、あとは……」
そう言って振り返った時だった。
ふと視界の隅に、長い羽織の裾が揺れるのが見えた。
廊下の奥、腕を組み、木の柱にもたれてこちらを見ていたのは、土方さんだった。
(……こっち、見てたのかな)
声をかけるでもなく、近づくでもなく。
ただ黙って、その視線だけをこちらに向けている。
目が合った気がして、思わず逸らした。
胸の奥が、小さくざわつく。
(……最近、気づくと土方さんの姿を探してる)
沖田くんや平助くんみたいに、優しく笑ってくれるわけじゃない。
新八さんみたいに軽口を叩いたり、斎藤さんみたいに近くに来てくれるわけでもない。
でも、何かあるとき、必ずそこにいるのは——土方さんだった。
厳しい目。低い声。近づきがたい雰囲気。
でも時折、不意に見せる静かな気遣いがあって。
(なんでだろう……あの人の言葉って、心に残る)
「ももかちゃん?」
「え、あ……ご、ごめんなさい、ぼーっとしてた」
沖田くんが心配そうにのぞき込んでくる。
「疲れてる? 無理しなくていいんだよ」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
微笑み返しても、胸の奥のざわつきは消えなかった。
あの視線の意味を考えてしまう。
あの人の隣に立てたら。
あの人に、少しでも認められたら。
そんな思いが、いつのまにか芽生えていた。