第49章 『やきもち』永倉新八編
夕方の市場。
人混みの向こうで、聞き慣れた笑い声が耳に入った。
(あ、新八さん……)
露店の端で、着物姿の綺麗な女性と話している新八さんがいた。
彼はにこやかに頷き、何かを受け取って――その仕草がやけに自然で、楽しそうに見えてしまう。
(……すごく仲良さそう)
胸の奥がざわざわして、声をかけることもできず、わたしは急いでその場を離れてしまった。
屯所に戻ったあとも、妙にそわそわしてしまう。
夕餉の支度を手伝っていても、頭の中はさっきの光景ばかり。
すると背後から聞き慣れた声が落ちてきた。
「ももかちゃん、さっき市場で見かけたけど、なんで声かけてくれなかったの?」
振り返ると新八さんが立っていて、首を少し傾けながら、いつもの優しい笑みを浮かべていた。
「っ、だって……すごく仲良さそうに話してたから……」
「……あぁ、あれ?」
彼は少し驚いたあと、すぐに吹き出した。
「ただの道場の門下生の姉さんだよ。弟に差し入れ買いに来ててさ、偶然会ったんだ」
「そう、なんだ……」
「ふぅん。ってことは、やきもち?」
顔が熱くなって、否定する言葉が出てこない。
そんなわたしを見て、新八さんは口元を緩めた。
「そういう顔も、可愛い」
「からかわないでください」
「からかってない。本気で言ってる」
気づけば、腰を引き寄せられ、額に柔らかく口付けられていた。
「俺は、ももかちゃんだけだよ。……そんなに女慣れしてそうに見える?」
「……」
「……でも、こうやって本気で好きになったのは、初めてなんだ」
「だから、もう不安にさせない。でも――」
彼は少し笑って、耳元で低く囁いた。
「またやきもち焼いたら……もっと抱きしめて、もっと口付けて、離さないからな」
その言葉に、胸の奥が甘く痺れて、もう何も言えなくなった。
fin.