第3章 第一章幕 天女編
彼女のせいで、知らぬ間に誰かが傷ついてしまったという重い事実を、ただ受け入れることしかできなかったのである。
『……それでも、ご迷惑をおかけしたことには……』
蓮がさらに言葉を書き記そうとした時、大川平次渦正の老いた手がそっと彼女の手を押さえた。その掌は深い皺を刻んでいたが、驚くほど温かく、まるで春の陽だまりのような優しさを湛えていた。蓮は、その予期せぬ温もりにわずかに戸惑い、動揺した。しかし、その温かな手の感触に誘われるように、彼女はそっとその手を握り返した。そして、さらに強い決意を込めて再びペンを握る。
『これ以上……私のせいで誰かを傷つけたくない。だから、お願いします。ここに居させてください。私が笹田真波のそばにいれば、もう誰も傷つけたりはさせません』
その言葉には揺るぎない決意と、彼女が背負う覚悟が溢れていた。だが学園長はその言葉を受け止めつつも、静かに首を横に振った。
「じゃが……それは……」
大川平次渦正の目には深い憂いが宿り、言葉を詰まらせた。蓮はしかし、それ以上引き下がることなく、再び強くペンを走らせた。
『お願いします。もう、私のせいで誰かが傷つくのは嫌なんです』
その言葉に込められた蓮の全てが、静かに、けれど確かに部屋の空気を揺るがした。大川平次渦正は長い沈黙の後、小さく深いため息を吐いた。彼の目に映る蓮の瞳には、揺るぎない意志が光っている。彼はもうそれ以上何も言えなかった。ただ静かに、彼女の心の強さと、そこに潜む悲しみを受け止めるしかなかった。