第3章 第一章幕 天女編
青年は、蓮の姿を見るなり一瞬驚いたように瞬きをした後、優しく首を傾げて問いかけた。
「どちら様ですか?」
その声は、春の日差しのように穏やかで柔らかい響きを持っていた。蓮は一瞬の間を置いてから静かに懐に手を入れ、小さなメモ用紙を取り出すと淡々とペンを走らせる。
『此処の責任者の人に話があってきた。事前に伝えないでここに来たことは失礼だと思ったけど……。話がしたくて。よければ、入れてもらえると助かるんだけど……』
青年はメモに綴られた言葉を読み終えると、小さく『ああ』と呟き、ぱっと表情を明るくした。
「あ! 学園長先生のお客さんですね!」
青年は手にしていたバインダーを蓮に向かって差し出し、明るく微笑んだ。
「なら、この入門表にサインをしてください!」
蓮は黙ってバインダーを受け取り、紙面に視線を落とした。見慣れない用紙の白さが夕陽を浴びてどこか淡く光っている。求められた通り静かに筆を取り、自身の名前を記した。その文字は静かで端正であり、どこか悲しい影を含んでいるようにも見えた。そして蓮は、ようやく忍術学園の敷地へと、一歩を踏み出した。足元には小さな砂利が小気味良く鳴り響き、彼女の新たな運命の始まりを静かに告げていた。