第3章 第一章幕 天女編
廊下を走り抜ける間、背筋には冷たい汗が滴り、彼の頭の中にはただ一つの悲痛な思いだけが渦巻いていた。……間に合わなかった。
「組頭……! 蓮が、蓮が……!」
乱れる息を抑えきれず、尊奈門は酷く取り乱したまま雑渡の前に飛び込んだ。普段は冷静な彼の姿とは程遠い、ひどく狼狽した姿だった。
「尊奈門、落ち着いて。その手紙をこちらに」
雑渡の声は低く落ち着いているが、彼の眼差しは硬く冷たかった。尊奈門は震える手で手紙を渡すと、雑渡はそれを慎重に開いた。短い沈黙の後、彼の瞳が微かに揺れた。
「……やっぱり。あの時、強く言い聞かせるんだった」
静かな言葉に隠しきれぬ後悔が滲んでいた。次の瞬間、雑渡の周囲には張り詰めた殺気が急激に膨れ上がった。その異常な気配を察知し、山本陣内と高坂陣内左衛門が姿を見せる。
「尊奈門……何があった?」
山本陣内が険しい表情で問いかける。
「蓮が、蓮が……手紙を一つ残したまま、いなくなりました……」
彼らは一瞬、呆然とした。まさか蓮がいなくなるなど、誰も予想していなかったからだ。
「さて、どうしたものか」
雑渡の声は普段よりさらに低く、静かな怒りに満ちていた。誰もが悟った。組頭は今、怒りの極みにあるのだと。
「蓮ちゃんの気持ちは、できるだけ汲んでやりたい。嫌われたくないしね」
その穏やかな口調とは裏腹に、彼の目は冷たく底知れぬ怒りを宿していた。
「でも、お前たちなら私の気持ちを理解できるだろう?」
腑が煮えくり返るほどの声音に、三人は黙って頷いた。彼らもまた、蓮を失った怒りと焦燥に胸を締め付けられていた。蓮はもはや城にいない。だが、彼らがそのまま蓮を放置しておくはずはなかった。彼女を連れ戻すために、彼らはすぐさま動き出そうとしていた。