第3章 第一章幕 天女編
夜は深く、タソガレドキ城は墨を流したような静寂に包まれていた。空はどこまでも澄み渡り、無数の星々が小さな灯火のように儚げに瞬いている。淡い月光が静かに降り注ぎ、城の回廊を優しく、そして物悲しく照らしていた。風が吹き抜けるたびに障子が微かに揺れ、どこか遠くから虫の声が寂しげに響いてくる。夜は静かで、しかしどこかに秘めた寂寥が漂っていた。そんな静かな夜の中、蓮はひとり縁側に座っていた。彼女は膝を抱え、ぼんやりと夜空を見つめている。その視線の先にある星の群れは、まるで蓮の心を見透かすように静かに煌めいていた。満天の星の向こうには、一体何が待っているのだろうかと、蓮は心の奥で問いかけてみる。だが、その問いに答える者はいなかった。ただ、沈黙が彼女を優しく取り巻くだけであった。ふと、背後から足音もなく忍び寄る影の気配を感じ取る。しかし、それに驚くことはない。蓮は振り返らず、ただじっと星空を見上げ続けた。誰が近づいてきたのか、最初から彼女にはわかっていたから。
「蓮ちゃん、ダメだよ」
低く、けれどどこまでも優しい声が降りてきた。雑渡だった。
「私たちから離れようなんて……思っちゃダメだよ」
蓮は静かな仕草で懐からメモ用紙を取り出し、音もなくペンを走らせる。
『……思ってないよ』
それが嘘であることは、雑渡も最初からわかっていただろう。しかし彼は、その嘘を暴くようなことはしなかった。