第3章 第一章幕 天女編
彼女の声は、この世のものとは思えないほど澄みきっていて、深い幻想を感じさせた。
「あなたのせいじゃない」
立花仙蔵が静かに言った。その声は穏やかで、どこか彼女を慰めるような優しさを含んでいた。
「あなたは何も知らなかったのだろう?」
彼の言葉に、他の五人も静かに頷く。誰の目にも蓮を責める色はない。むしろ彼女を慰めようとする心情が、その静かな表情の中に滲んでいた。
「それでも……迷惑をかけたことには変わりない」
蓮は消え入りそうなほど小さく、しかし毅然とした口調で呟いた。その言葉の端には既に決意が宿り、明らかな覚悟が滲んでいた。六人は、その彼女の覚悟を瞬時に悟った。蓮の心は既に決まっていたのである。『私は、一度、タソガレドキ城を離れる』彼女の中でその決意が固まったのは、もはや避けられないことだった。自分が忍術学園へ行き、笹田真波と会うことで、この騒動はきっと収束する。自分さえここにいなければ、誰も傷つくことはなくなるだろう…… 蓮はそう考えていた。
「ちゃんと、けじめはつけるよ」
蓮はゆっくりと背を向けた。
「ごめんね。知らなかったとはいえ、たくさん、傷つけた」
風が吹き抜ける。その風は穏やかだが、どこか冷たさを含んでいて、蓮の長い前髪が柔らかくなびいた。その隙間から垣間見えた瞳は、この世ならざる美しさを放っていた。青紫の中に星屑を散りばめたような、果てのない宇宙を思わせる不思議な輝きを宿した瞳だった。しかし、その美しい瞳の奥には、言葉にならない深い悲しみが宿っていた。蓮の心はすでに決まっていたのだ。自らタソガレドキ城を去るという、その道を。ふと気がつけば、蓮の姿は忽然と市場から消えていた。まるで、夜の訪れと共に消えてしまった影のように。六人は、その場にただ呆然と立ち尽くすばかりだった。誰一人として、蓮の行方を追うことはできなかった。再び風が吹き抜ける。市場の喧騒の中にあって、彼女の気配だけが、いつしか静かに薄れていった。まるで初めから、そこには誰もいなかったかのように……。