第3章 第一章幕 天女編
立花仙蔵は腕を組み直し、善法寺伊作は困ったように眉を寄せている。誰もが慎重に言葉を選ぼうとしているのが明らかだった。市場の賑やかさとは対照的に、忍びたちの間には重苦しい沈黙が広がった。
「……」
やがて食満が、慎重に口を開いた。
「確かに、忍術学園に降りてきた天女は笹田真波だ」
その言葉に、立花仙蔵が鋭く眉を寄せて警戒を促した。
「おい、留三郎」
しかし、蓮は即座に新たな言葉をメモ用紙に綴った。
『良い。続けて』
立花仙蔵は蓮の文字を確認し、じっと彼女を見つめたが、それ以上は何も言わず口を閉じた。蓮の青紫色の瞳は、静かながらも力強く食満を見据えていた。蓮の様子に覚悟を感じ取ったのか、食満は小さく息を吐き出し、再び口を開いた。
「……天女は……笹田真波は毎日のように癇癪を起こして、自分の思い通りにならないと、周りに八つ当たりするんだ。自分より年下の子たちにもだ」
その言葉に、蓮の胸の奥が強くざわついた。目の前に広がる市場の明るい光景が、どこか遠ざかり、冷たい何かが胸の内側を締め付ける。知らない誰かが苦しんでいるという現実に、蓮は何も言えずただ立ち尽くした。すると突然、優しく頭を撫でる手の感触がした。
「もそ……」
中在家長次だった。彼の手は温かく、蓮の髪を穏やかに撫でている。
「あなたが気にする必要はないってさ!」
七松小平太が明るく声をかける。しかし、蓮の心は晴れないままだった。胸の奥に絡みつくような苦い感情は消えず、彼女の目は遠く虚空を見つめている。高く澄んだ空には太陽が輝き、穏やかなはずの風がなぜか冷たく肌をかすめた。蓮の前髪がふわりと揺れ、一瞬だけ露わになった青紫の瞳の奥には、言葉にならない深い感情が密かに揺れていた。確かに何かが、少しずつ変化し始めていた。