第3章 第一章幕 天女編
蓮が無言のまま男を見つめても、彼は焦る様子もなく、ただわずかに目を細めるだけだった。その仕草が微笑なのか、単なる観察なのかは分からない。やがて男は『雑渡昆奈門』と名乗った。蓮は静かに懐から小さなメモ用紙を取り出し、さらさらとペンを走らせる。
『……さあ? 先ほどまで『平成』と呼ばれる場所にいた』
書き終えた紙を、蓮は黙って雑渡昆奈門に差し出す。男はそれをじっと見つめ、やがて小さく笑った。
「へぇ……面白いね。蓮ちゃんは、異国の者なのか、それとも……」
風がそよぎ、森の静寂が二人を包み込む。蓮は、それ以上何も書かず、ただ夜の森の奥を見つめていた。