第3章 第一章幕 天女編
蓮は直感的に理解した。彼らもまた、忍びの者であると。蓮は立ち止まり、その場に佇んだまま迷った。伊作や食満に声をかけるべきか、それとも静かに立ち去るべきか……。しばらくその場で逡巡したが、やがてゆっくりと背を向け、静かに一歩を踏み出そうとした。しかしその瞬間、背後から声が響いた。
「お、蓮じゃねぇか。今日は一人か?」
食満留三郎の声だった。蓮は僅かに身体を震わせ、足を止めて静かに振り返った。無言のまま、小さく頷いた。
「あ、君は……」
伊作が驚きを隠せず声を漏らした。
「ん? 伊作と留三郎の知り合いか?」
落ち着いた低い声が辺りに響いた。声の主は立花仙蔵という青年だった。黒く艶やかな髪を後ろで結び、透き通るような白い肌と端正な顔立ちが目を引いた。その静かな美貌に反して、彼の目は鋭く、辺りに漂う緊張感を蓮は敏感に感じ取った。伊作と食満は互いに顔を見合わせてから曖昧に答えた。その様子を見て、目元に深い隈を宿す青年……潮江文次郎が小さく息を吐く。
「なんだ、その曖昧な返答は」
呆れた口調だったが、その鋭い視線はまっすぐに蓮をとらえていた。蓮は静かにその視線を受け止めた。彼らの間に立つ蓮は明らかに異質だった。青紫色を帯びた黒髪が光を受けて淡く輝き、長い睫毛に縁取られた瞳は神秘的な色合いを宿している。無言のまま、懐からメモ用紙を取り出し、さらさらと静かにペンを走らせた。
『久しぶり……』
その文字を覗き込んだ食満と伊作が、軽い驚きを表情に浮かべる。
「そういえば、お前は筆談だったな。」
食満が思い出したように呟いた。
「そうか、喋れないのか……」
仙蔵が小さく頷きながら言う。文次郎はじっと蓮を観察するように見つめ、静かに目を細めた。
「なるほど……珍しいな」
彼らの視線が蓮に集中した。しかし、蓮はまるで重圧を感じていないかのように、静かに佇み、ただ淡い視線を遠くの空へ向けていた。心の内に秘められた迷いは、彼女の瞳を曇らせている。太陽は次第に傾き始め、彼らの影を長く伸ばした。村は徐々に夕暮れの気配に包まれ始めている。