第3章 第一章幕 天女編
まるで大切な宝物を扱うかのような慎重さをもって、黄昏甚兵衛は言葉を選ぶ。
「忍術学園の者たちには、あまり近寄るでない」
低く柔らかな声音が室内に響き渡る。その響きは穏やかでありながら、どこか危うさを秘めていた。
「お主は、この城の宝じゃ」
そう告げると、黄昏甚兵衛の瞳は深い湖のように静かな揺らぎを見せた。その奥底に隠された感情は、静かな湖面下に眠る激しい流れのように、強い執着の色を宿している。彼の隣に静かに佇む雑渡昆奈門もまた、その様子を黙って見守っていた。微かな笑みを浮かべる彼の横顔は穏やかであったが、その柔らかさの奥には隠しきれない影があった。その目にもまた、甚兵衛と同じく、蓮を手放したくないという強固な決意が秘められている。この城に暮らす者たちは皆、蓮という存在に抗えないほど惹かれていた。彼女が歩く度に、ふわりと漂う香り、微かに揺れる髪、何気ない仕草の一つひとつが、彼らを魅了して止まない。だがそれは純粋な愛情などというものではなく、むしろどこか歪んだ執着に近い感情だった。蓮はまるで、引力を秘めた星のように、彼らの心を囚えて離さない。諸泉尊奈門、高坂陣内左衛門、山本陣内……皆が皆、彼女を自分の元に縛り付けようと無意識に躍起になっている。城の外に存在する忍術学園の笹田真波もまた、同じ種類の感情を抱いていた。ただ、彼女の場合は蓮を必死に追い求める者の苦しさが滲んでいるのに対し、この城の者たちは既に蓮を手中に収め、その存在を独占することに慣れきっていた。窓から差し込む月光が、室内の空気を静かに包み込み、誰もがそれぞれの胸に渦巻く熱を秘めて沈黙を守っていた。外見上は穏やかな静寂の底で、見えない糸が複雑に絡み合うように、強烈な執着の念が密やかに渦巻いている。誰もが心の中で同じ決意を抱いていた……蓮を、この城から離すつもりはないと。彼女が醸し出す美しさや神秘性、その息遣いまでもが、この城だけに許されたものであると信じて疑わない。誰にも渡さない。そんな静かな決意が、月光と共に室内に満ちていた。