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世渡りの旅人 【忍たま乱太郎】

第3章 第一章幕 天女編


夜の忍術学園は、昼間の賑やかな喧騒が嘘のように消え去り、ひっそりとした静寂が支配していた。辺りを包む濃い闇は、月明かりがほのかに照らすだけで、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。時折吹く風が、庭に植えられた木々の葉を柔らかく揺らし、ざわめきを生む。遠くから響く虫の音は規則正しく、夜の静けさを一層際立たせた。木々の影は揺れながら地面に淡い模様を描き、その静かな揺らめきが不思議な穏やかさを醸している。食満留三郎は、静かな学園の敷地をゆっくりと進んでいた。昼間の市場で偶然出会った少女のことが頭から離れず、心に何かが引っ掛かったままだった。長い前髪の隙間から垣間見えた、その少女の顔。どこか浮世離れした印象を与える繊細な美しさが脳裏に鮮烈に焼き付いている。口を開くことなく、ひたすらメモ用紙に言葉を綴るその姿は、淡々としているのに、何か心を惹きつける儚さを感じさせた。『蓮』と名乗った彼女がなぜか心から離れない。彼女の静けさは、今の忍術学園とは正反対で、むしろ安らぎを覚えるほどだ。そんな思いに浸りながら留三郎は静かな歩みを進めた。夜露が草葉を濡らし、足元の草履の底がわずかに湿っている。忍術学園の敷地内は広く、暗闇の中で目を凝らしても奥まで見通せない。通路沿いに立ち並ぶ木々の影が壁に大きく伸び、時折吹く夜風が、ひんやりと肌に触れる。校舎から漏れる灯りはほとんどなく、ただ月光のみが薄く道筋を示していた。やがて、天女の部屋へと近づくにつれ、かすかな嗚咽の音が闇に紛れて聞こえてくる。その悲痛な音は、留三郎の胸を締め付けるような痛みを与えた。心なしか、空気までが重く、沈んでいる気がした。ふと、廊下の隅に小さく丸まる人影を見つけ、留三郎は足を止めた。微かな月の光が照らし出したのは、肩を震わせながら袖で顔を隠し、小さくしゃくり上げる少年……山村喜三太だった。留三郎は声を抑えつつ、一歩近づいた。喜三太は留三郎の気配に気づいていないようだ。食満は静かに膝を折り、目線を喜三太の高さに合わせる。小さな体が悲しみで震えているのが見て取れ、胸の奥が痛むのを感じた。

「どうした」

低く問いかけるその声に、喜三太は驚いて肩を大きく揺らし、泣き腫らした顔をゆっくりと持ち上げた。瞳には涙が溜まり、頬は涙の跡で濡れ、普段元気なその顔が今は悲しみに歪んでいる。喜三太の声は小さく震えていた。
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