第3章 第一章幕 天女編
彼はゆっくりと雑渡に近づき、蓮に聞こえないように声をひそめて言った。
「……忍術学園の食満留三郎と接触しました」
雑渡は僅かに眉を寄せ、思案げな表情を浮かべる。
「また忍術学園か……厄介だな」
尊奈門も静かな声で続けた。
「以前、蓮は忍術学園の善法寺伊作とも接触しています。加えて今回の食満留三郎……偶然とは言い難いかもしれません」
雑渡昆奈門は目を細め、思考を巡らせるように静かに呟く。
「伊作くんに食満くんか……これほど蓮に接触があると、さすがに偶然では済まされないな」
彼の言葉には静かな重みがあった。蓮は少し離れたところから二人を静かに見ていたが、その表情からは何を考えているのか伺えなかった。だが、その沈黙は彼女が特に気にしていないことを物語っていた。雑渡は蓮の視線に気づき、微かに口元を緩ませる。
「蓮、大丈夫だ。もう部屋に戻って休みなさい」
蓮は短く頷き、雑渡に僅かに頭を下げると、静かな足取りでその場を離れていった。彼女の後ろ姿が夜闇に溶けていくのを見送りながら、雑渡は再び表情を引き締め、尊奈門に向き直った。
「さて……どう動くべきか」
尊奈門は僅かに眉を寄せている。
「いずれにしても、蓮を取り巻く状況は複雑化しています。早めに手を打つ必要があります」
雑渡は静かに息を吐き出した。
「蓮の存在はすでに我々の手に余るものになりつつある。忍術学園と余計な関わりを持つのは、望ましくないが……」
蝋燭の炎が揺れ、彼の横顔を淡く照らした。
「だが、蓮を手放すつもりもない」
尊奈門はそれを聞いて静かに頷いた。夜の静寂が再びタソガレドキ城を包み込んでいく。その静かな闇の奥で、ひとつの運命が確かに動き始めていた。