第3章 第一章幕 天女編
タソガレドキ城の門が静かに開かれた。夜の帳が深まり始め、空には星がひとつふたつと灯りをともしている。石畳を覆う影はゆるやかに伸び、城内は静かな安堵感と夜特有の落ち着いた空気に満ちていた。蓮と諸泉尊奈門が市場から戻ってきたのは、夕闇が夜へと移ろう、まさにその境目の時間帯だった。市場の活気溢れる喧騒はすでに遠く、静かな夜風が頬を撫でる。蓮の口の中には、まだかすかな団子の甘味が残っていた。彼女は無言のまま淡々と歩いていたが、その表情には特別な変化はなく、何事もなかったかのように穏やかだった。城の奥へと足を進めるうちに、ふと空気が微かに揺れたような気がした。蓮は足を止め、前髪の隙間から周囲を見渡した。その瞬間、影の中から声が響いた。
「お帰り」
突然の声だったが、蓮も尊奈門も驚かなかった。振り返ると、そこには雑渡昆奈門が立っている。まるで最初からそこに存在していたかのような静かな佇まいで、気配も音も感じさせなかった。雑渡昆奈門の姿は闇に溶け込み、微かな月光だけが彼の表情を薄く照らしていた。蓮は一歩進み出て、雑渡昆奈門を静かに見つめる。昆奈門はゆっくりと蓮の前に近づき、優しく問いかけた。
「少しは楽しめた?」
蓮は短く、小さく頷いた。雑渡は微笑みを浮かべ、そっと蓮の頭に手を置く。その手は温かく、まるで労わるようだった。
「怪我はない?」
蓮が再び首を振るのを確認すると、彼は柔らかな笑みを深めた。その後ろで、諸泉尊奈門は静かに控えている。