第3章 第一章幕 天女編
蓮は慌てることなくメモ用紙に文字を走らせ、尊奈門に向けて差し出した。
『私は大丈夫だから、尊奈門、落ち着いて』
その文字を見て尊奈門は一瞬表情を緩めるが、警戒は解かない。
「……ずっとお前を探していたんだぞ」
その言葉には焦燥が微かに滲んでいた。蓮は再びメモ用紙に文字を綴った。
『ごめん。人混みではぐれただけ。でも、そこにいる食満さんが助けてくれた』
尊奈門は小さく息を吐き、短く沈黙してから食満に向かって静かに言った。
「……それは感謝しよう」
食満は意外そうに眉を上げ、軽く笑った。
「へえ、あんた、礼が言えたんだな」
「当然だ。だが……」
尊奈門の眼差しがさらに鋭さを増す。
「蓮とお前が関わるのは、あまりよくない」
その言葉に食満は表情を曇らせる。
「は?」
「お前のいる忍術学園には、蓮を探している天女がいるのだろう?」
食満は驚き、一瞬言葉を失う。
「……お前、なんでそれを……」
「私たちはタソガレドキの忍びだ。情報収集は基本中の基本だ」
尊奈門は冷静に答える。食満はため息をつきながら言葉を選んだ。
「まあ、確かに……あの天女は最近ずっと誰かを探してるな」
食満の視線は蓮に戻った。
「まさか……お前が?」
蓮は答えなかった。ただ静かに目を伏せ、長い前髪が頬を隠す。食満はふっと笑い、団子の串を放りながら言う。
「……まあ、いいさ。俺には関係ない。ただ、忍術学園とタソガレドキが妙な因縁で繋がるのはごめんだな」
食満はそう言い残して踵を返す。尊奈門は、蓮の横顔を静かに見つめながら問いかけた。
「……気になるのか?」
蓮は小さく首を振り、メモ用紙に静かに書き記した。
『……食満さん、良い人だった』
尊奈門はそれを見て深く息を吐くと、蓮がそっと袖を引いた。尊奈門は頷き、蓮と共にその場を静かに後にした。風がそっと吹き抜け、市場の喧騒が遠ざかっていった。しかし、この出会いは決して終わりではなく、新たな運命の絡まりが静かに動き出していた。