第3章 第一章幕 天女編
市場は人々の活気に満ちていた。屋台から漂う焼き団子の香ばしい香りが空気を彩り、瑞々しい果物が色鮮やかに並べられ、商人たちの威勢のよい掛け声が響き渡っている。人々は買い物や雑談を楽しみ、子どもたちが駆け回る姿も見える。忍びの世界に漂う鋭い緊張感とは異なる、暖かで穏やかな賑わいに満ちていた。蓮と食満留三郎は、そんな喧騒の一角で静かに団子を口に運んでいた。香ばしく焼き上げられた団子の甘さが口の中で優しく広がり、ふわりと柔らかくほどけていく。蓮の表情は変わることなく、ただ静かに黙々と団子を食べ続ける。一方の食満は、無表情で淡々と食べる蓮を観察しながら、自分の知る天女……笹田真波のことを思い浮かべていた。笹田真波は激しく感情を露わにし、奔放な言動で周囲を振り回していた。それに比べると、目の前の蓮の静けさはまるで正反対だ。落ち着きすぎている彼女の瞳の奥には、いったいどのような世界が広がっているのか。食満はふと疑問を抱き、静かな声で問いかける。
「蓮、お前は、いったい何者なんだ?」
蓮はゆっくりと顔を上げ、食満をじっと見つめた。市場の喧騒が一瞬遠ざかり、静かな時が流れる。蓮は懐からメモ用紙を取り出し、さらさらと文字を綴った。
『私は……ただの旅人だよ』
その文字を見た食満は、わずかに口元を緩めて鼻を鳴らす。
「旅人ね……それにしては妙に落ち着いてるな」
食満が再び団子を口に運んだその時、遠くから鋭い足音が近づいてきた。
「蓮!」
鋭く張り詰めた声が響き渡る。振り向くと、険しい表情の諸泉尊奈門が近づいてくるのが見えた。尊奈門はタソガレドキの忍びであり、蓮を守るように常に傍にいる存在だ。彼の瞳が食満を鋭く捉え、空気が一瞬で張り詰めた。
「……忍術学園の六年生、食満留三郎か」
尊奈門は蓮の前に立ち、明らかな警戒心を見せた。食満もまた、彼を見据えて言い返す。
「タソガレドキの忍びが、こんなところで何してんだ?」
「……それはこちらの台詞だ」
二人の間には、市場の喧騒を遮るように緊張感が広がった。