第3章 第一章幕 天女編
果物の甘く爽やかな香りが空気を満たし、焼きたての団子の湯気が暖かな風に揺れて漂っていた。町の中心では商人たちが威勢のよい掛け声で客を引き寄せ、色とりどりの品物が所狭しと並べられている。人々の笑い声や話し声が混ざり合い、街は活気と熱気で溢れ返っていた。忍びが身を潜める静かで張り詰めた空気とは対照的に、ここでは生命力に満ちた人々の賑わいが繰り広げられている。しかし、そんな喧騒の中で蓮はふと違和感を覚えた。共に歩いていたはずの尊奈門の姿が、いつの間にか人混みの中に消えていた。蓮は一瞬足を止め、ゆったりと周囲を見渡した。焦る素振りもなく、淡々とした表情で歩き出す。だが、蓮の背後で微かな気配が動いた。その気配は、町の賑わいに紛れつつも鋭く彼女の背中を追いかけるようだった。
「お嬢さん、迷子か?」
低くざらついた声が響き、蓮はゆっくりと振り返った。そこには数人の男たちが立っている。身なりは粗末でくたびれていたが、彼らの眼光は鋭く、不穏な気配を纏っていた。蓮を値踏みするような目つきで見下ろし、下卑た笑いを浮かべる。
「こんなところで一人とは、危ないんじゃないか?」
別の男がにやりと笑いながら口を開く。
「俺たちが案内してやろうか?」
蓮は彼らに答えることもなく、静かに懐からメモ用紙を取り出し、淡々と文字を綴った。
『いらない』
男たちはその紙を覗き込み、低く笑った。
「おやおや、お嬢さん、随分と冷たいじゃないか」
「言葉を発しないなんて、どこかの姫君みたいだな」
「それとも……売られた口か? 俺たちが買ってやろうか?」
いやらしい笑みを浮かべながら男たちは距離を詰める。蓮が静かに一歩後ろに下がったその瞬間だった。
「おい」
鋭く冷たい声が響き渡った。男たちは一斉に振り返った。その視線の先には、落ち着いた佇まいながらも鋭い目を持つ青年が立っている。