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世渡りの旅人 【忍たま乱太郎】

第3章 第一章幕 天女編


しかし、廊下を行き交う人々は彼女に視線すら向けない。いつもと何ひとつ変わらぬ日常が、何事もなかったかのように流れていく。そのとき、前方から一人の少女が静かに歩いてきた。黒髪は毛先に向かうにつれて青紫色に染まり、風に揺れるたびに微かな光沢を放った。その少女の瞳は、星屑を閉じ込めたかのように深く透き通り、静かに真波を見つめている。真波は思わず立ち止まり、視線を逸らすことができなかった。少女は何も言わずに立ち止まり、淡い色合いのハンカチを差し出した。それはただの布切れに過ぎないはずだったが、真波にはあまりにも鮮やかで眩しく映った。『……どうして? ずっと無視されてきたのに。誰も、私を見ようとしなかったのに』言葉にならず、ただ呆然と少女の顔を見つめることしかできなかった。少女は表情ひとつ変えず、何事もなかったように視線を落として去っていった。言葉を交わすこともなく、ただそこに存在しただけだった。それでも真波には、初めて触れた『優しさ』だと理解できた。

「彼女は、私を救ってくれた」

その日以来、彼女の姿は真波の心に焼き付いて離れなかった。どれほど探しても、二度と彼女に出会うことはできなかった。それでも彼女の存在は、真波の心の奥に強烈に刻まれていた。そんなある日、真波は本屋で偶然にも古い文献を見つけた。黄ばんだページには、異なる時代や国で現れた『蓮』という少女の伝説が描かれていた。胸が激しく高鳴る。

「この本……絶対に欲しい」

しかし、それを手に入れることは簡単ではなかった。

「これは貴重な資料だからね。金を積まれても手放せないよ」

店主の言葉が重く響いた。それでも真波は躊躇しなかった。彼女の手は無意識のうちに文献を掴み、胸に抱きしめた。

「これで、蓮ともっと深くまで繋がれる」

蓮はきっと、ずっと前からここにいたのだ。遠い場所で孤独に誰にも見つけられずに。それを思うだけで、真波の胸は奇妙な安堵感に満たされた。もし蓮が孤独な存在なら、それは自分と同じだ。これはきっと運命なのだ。彼女は確信した。その日を境に、真波の世界は”蓮”という名の狂気で静かに満たされていった。
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