第3章 第一章幕 天女編
そんな彼の瞳には、重い感情の影が揺らめいていた。やがて少年は、どこか遠い目をして言った。
「忍術学園に、天女が降りてきたんだ」
蓮は瞬きをした。
「最初は、特別な客人だと思っていた。けれど……あの人は、ただの天女なんかじゃなかった」
少年の言葉は微かに震え、苦しげだった。
「彼女は、自分の思い通りにならないと、周りに八つ当たりするんだ。自分より年下の子たちにも……」
少年の眉間には疲れが深く刻まれていく。蓮は何も言わず、ただ静かに再びペンを動かした。
『あなたは、その天女のせいで疲れているの?』
蓮が綴ったその問いを見て、少年はまた僅かに微笑んだ。その表情には困惑と同時に諦念が滲んでいた。
「……うん」
その声を聞いた蓮は静かに手を伸ばした。ゆっくりと少年の髪に触れ、指先を滑らせ、目元の隈を優しくなぞった。ただ、そっと触れるだけの仕草だった。少年は一瞬驚いたように目を見開くが、何も言わなかった。ふと、空気が微かに乱れ、蓮が顔を上げるよりも早く、少年は音もなく立ち上がった。誰かの気配を感じ取ったのだろう。少年はまるで最初からそこに存在しなかったかのように、音もなく身を翻し、影のように消え去った。蓮は彼が立ち去った方向を静かに見つめるばかりだった。再び穏やかな風が吹き、蓮の長い髪をそっと揺らした。その揺れは、まるで少し前までそこにいた誰かの残り香を惜しむかのように儚く、切なげだった。