第3章 第一章幕 天女編
穏やかな午後、空は雲ひとつない澄んだ青に満たされていた。吹き抜けるそよ風は柔らかく、草葉を微かに揺らし、かすかな葉擦れの音が耳元を優しく通り過ぎる。蓮は縁側にひとり座り、ただ静かに空を眺めていた。その時、空気が僅かに揺れ、蓮が視線を向けるよりも早く、ひとりの忍びが音もなく降り立った。
「あなたが、タソガレドキに降りてきた天女ですか?」
青年の声は静かに響いた。目の前に立つ少年は十五歳ほどだろうか。茶色の髪をひとつに結び、緊張感を滲ませた表情で蓮をじっと見つめている。その目元には深い隈があり、幾晩も眠れていないことを示していた。瞳には、言葉にならない羨望が宿っている。蓮は静かに首を傾げると、ゆったりとペンを取り出し、手元のメモ用紙に文字を綴った。
『私は、天女ではないよ。ここでお世話になってる、ただの旅人』
少年は蓮の綴った文字を目に留めると、少し困ったように微笑んだ。
「そっか……それでも、羨ましいよ」
彼の小さな呟きには、諦めと疲労が滲んでいた。蓮は静かに考えを巡らせる。この少年が抱える疲労と羨望の理由は何だろうか。