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世渡りの旅人 【忍たま乱太郎】

第3章 第一章幕 天女編


夕暮れの帳が静かに降りた。空は朱色に染まり、やがて群青へと溶けゆく。涼やかな風が縁側をそよぎ、そこに座る蓮の髪を撫でるように揺らした。諸泉尊奈門は慎重な手つきで蓮の髪を梳いている。櫛が髪を通るたび、さらさらと微かな音が響いた。細く、指先からするりと滑り落ちるようなしなやかさがある。艶やかな黒髪は毛先にかけて青紫がかり、月の光を受けて仄かに揺らめいた。その様を眺めながら、尊奈門はふと呟いた。

「蓮……お前の髪の毛は、美しいな」

口にした瞬間、自分でも驚くほど素直な言葉だった。彼の指をすり抜ける髪が、まるで生き物のように揺れる。その感触に、尊奈門は思わず息を呑んだ。蓮は一瞬だけ迷うように瞬きをすると、静かにペンを取り、さらりとメモ用紙に文字を記した。

『そうかな……?』

筆跡は流れるように整い、そこには淡い疑問が滲んでいた。彼女の青紫色の瞳がゆるりと尊奈門を見つめる。その視線に戸惑いも否定もない。ただ淡々とした静寂が宿っているだけだった。尊奈門は一瞬、言葉を失う。蓮の瞳は夜空の果てを映したように深く澄んでいた。静寂の中で微かに息を整えると、尊奈門は再び口を開いた。

「ああ、とても美しい」

思わず洩れた声にはためらいと名状しがたい畏敬が滲んでいた。蓮は何も言わず、ただ目を伏せる。その仕草で長い前髪がふわりと揺れ、頬に深い陰を落とした。夜風がそっと吹き抜け、櫛が髪をすくうたび、滑らかな黒髪が流れるように揺れる。艶やかな毛先は月光を浴びて微かに輝き、それはまるで夜の帳そのものが揺らめいているようだった。
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