第3章 第一章幕 天女編
蓮の手元では、筆が迷うことなく滑っていた。和紙の上に整然と刻まれていく文字は、どれも歪みひとつなく端正だ。その筆致は、まるで事前に計算し尽くされたかのような正確さを帯び、わずかに動く指先によって迷いなく描かれていく。彼女は高坂陣内左衛門に教わりながら、この時代の正式な文字の形を学んでいた。すでにタソガレドキの者たちとは簡単な筆談ができるほどの言葉を身に付けてはいたが、黄昏甚兵衛の命により、本格的な書記の技術を習得することになったのだ。
「この時代に生きる以上、相応の知識を持たねばならぬ」
そう言い放った黄昏甚兵衛の目には、何かを見据えるかのような鋭さがあった。蓮はその言葉に対して何も発しない。ただ静かに筆を走らせ、与えられた任務を黙々とこなしていく。その姿を見守るのは、雑渡昆奈門を中心に、山本陣内、高坂陣内左衛門、諸泉尊奈門の三人。彼らは皆、蓮に対してある種の親しみと興味を抱いており、その視線は穏やかで微笑ましいものに満ちていた。そんな折、不意に心地よい風が広間に吹き込む。薄いそよぎが蓮の長い前髪をかすかに持ち上げたのは、ほんの一瞬の出来事。しかし、その一瞬が周囲を驚かせるには十分だった。