第3章 恋人
「舞踏会に来たのはこれが初めて?」
「う〜ん…あることにはあるんだけどねえ、こうやってパートナーを抱えて踊るのは初めてさ」
「へえ、抱えずになら踊ったことがあるの?」
「半ば強制的にってところだねえ。壁の花になるのを恐れた令嬢から声をかけられたのさ…ヒッヒ…」
「ああ、なるほどねぇ」
「壁の花」とは、舞踏会に来ても男性からパートナーの申し込みをされず、壁際で待機する女性たちのことである。
壁の花は極端に言うと、モテない女性たちの総称とも言える。
あまりに惨めだ。自分も壁の花にはなりたくないと思う。
そう考えていると、アンダーテイカーは出口の数メートル前で、緩やかに立ち止まった。
「リリスはワルツが踊れるかい?」
「ああ、あんまり上手じゃないんだけど…」
「へえ…そうなのかい」
アンダーテイカーはリリスの返事を聞くと、ふわりとリリスを腕から下ろす。そして背筋を伸ばし、姿勢を整えた。
「それでは…1曲お手合わせ願えますか。お嬢様。」
アンダーテイカーは腰を折り曲げ、お辞儀しながら手を差し伸べる。
リリスは少し驚いた。さっきまでの様子とは違い、随分と紳士的な態度であったからだ。
でも、初めての舞踏会で誰かにダンスに誘われたというのが、とても嬉しかった。
「ええ、喜んで。」
リリスはニコリと柔らかい笑みを浮かべて、手を重ねる。アンダーテイカーは1度ふっと微笑み、ホールの中心の方までエスコートした。
新しい曲が流れ始め、2人はそれに合わせて優雅に踊る。
リリスのステップは少し不安定なところもあったが、アンダーテイカーのリードのおかげでつまずくことは無かった。
2人は目を合わせ、時々微笑みお互いの手の温もりを感じながら1曲を踊りきった。
曲が終わると2人は顔を合わせて会釈をし、再び出口の方へと向かう。
「てっきり小生は、もっと面白いものが見れると思っていたんだけどねえ。少し残念だよ」
「フンッ、これで転びでもしたらスピアと死にそうになりながら練習した1週間が無駄になるからね。 それよりも、僕はアンダーテイカーが想像以上に綺麗に踊るから、びっくりしたよ。」
経験は豊富そうには見えないし、かと言って1人で練習するような人にも見えない。