第1章 それでも君は、【太宰治】
あ、太宰だ。
そう思った途端に、
何故か安堵してしまった。
そうか。
そうだろうな。
太宰なら私一人を誘拐して、
拘束するのに手間なんて取らないだろう。
ただ衣服に関しては問い詰めたいが、
こんな状況、
太宰だとわかったくらいで
好転した訳では無い。
むしろ捕まったのが太宰なのは
不運すぎるのだ。
これが武装探偵社の仕事としてならば
その手に掛かって死んでしまうだろうか。
個人的な我儘を言わせてもらえるのであれば
死なば諸共と言った事を
思い出して欲しい。
ただ一番危惧すべきなのは、
武装探偵社としてではなく、
太宰個人の趣味として
であった場合だ。
その場合、
明確目的があるだろう。
私を脱がせている時点で、
私に女としての能力を
発揮させようとしているのだろう。
これまでの関係を全て打ちこわし、
無に帰すかもしれないのに。
勿論、何度望んだか分からない。
だけれどそれ以上に、
失いたくもないのだ。
だから抑えてきたのに。
太宰は、
私たちの干渉し合わない関係が
壊れても善いと言うのか。
それとも、
もしも私と同じ心持ちであるならば
壊してでも失ってでも
私を求めているのか。
何か、
言葉を発して欲しい。
今ここで手にかかれと言うのなら、
そうする。
抵抗して見せろと言うのなら、
そうする。
何も言わないのなら、
何も出来ない。
もしも、今。
これ以上に踏み込む事を
渋って、
最期の躊躇いのために何も言わないのなら、
どれほどまでに
この人は不器用なのだろうか。
太宰が望むのならば、
私は何だってする。
それは忠誠心からではない。
愛情だ。
もしも本当に、
太宰が私を愛しているなら、
どうしようも無く
この行為が、拘束が
愛おしいと思う。
思わず口元が綻ぶ。
何も発しないのならば、
私が伝えよう。
こんな関係、壊れているも同然だ。
ゆっくりと唇を開き、
口付けを交わすように言葉を紡ぐ。
「太宰、愛してる」
掠れた声が出た瞬間
息を飲む音が耳をついた。