第1章 それでも君は、【太宰治】
右遠方から
革靴を鳴らす音が聞こえる。
その距離や反響から、
ここは地下の広い空間なのではないかと予測した。
そして、
近づいてくる足音から相手は男である事も分かる。
足音は1つだ。
軽快に歩いてくる。
対するこちらは出来ることは無いにも等しいくせに、
精神だけは戦闘態勢をとっていた。
長年の癖、なのだろうな。
おそらく男である者の足音は等間隔に迫っていた。
この状況で歩幅を乱さず歩けるのだから
相当の手練だろうか。
珍しく恐怖が募る。
昨日、あの人に会ってしまったからだろうか。
いやそうだ。
絶対にそうだろう。
そして約束なんてものをしてしまったからだ。
また明日、と。
言ってしまっていたな、私。
まだ私は死にたくはなかったのに。
あの人に会うために、
あの人と死ぬために
まだ死にたくはなかったのに。
そんな願いは虚しく足音は私の目の前で止まった。
匂い・息遣い・心音から
敵の情報を確かめようと試みるが、
何一つ分からない。
そこに居るのに居ないみたいだ。
衣服が擦れる音がして、体温が間近になる。
その間も、私は1ミリたりとも動かない。
動いたら負けだ。
強ばらせている体と神経を掻い潜り、
そいつは耳に触れて息をかけた。
それで分かった。
そいつは、
太宰だ。